月は照るとも照らされ、照ると

「月が綺麗ですね」と言うのは、愛の言葉だとか。
これが愛の言葉だとわかるのも、日本人の情緒が溢れていますよね。

満月の夜は、月明かりが綺麗で、暗い足元を明るく照らしてくれます。
輝いているのは、月自身だと錯覚をしてしまいがちですが、実は月が輝いているわけではないのですよね。

月は、太陽に照らされているからこそ、輝いて”みえる”わけです。

暗い夜道を照らしてくれる月の光が、月自身の明るさではないなんて信じられませんよね。
そして、太陽が沈んでしまっているのに、”見えない”太陽の明るさが夜の間も感じられるなんて、信じられますか?

人間は、見えないものを軽視しがちであり、見えるものに囚われすぎてしまいます。
見えるものだけが全てではないのです。

この話は、驕り高ぶらず、謙虚でいることの大切さを教えてくれます。
自分ができていると思っていることは、見えない誰かや、何かのおかげだったりするからです。

「陰陽論(いんようろん)」という理論をご存知ですか?
一つの物事は全て2つの性質から成り立っているという理論のことです。
男性がいれば、女性がいる。
昼があれば、夜がある。
暑い季節があれば、寒い季節がある、などなど・・・。
月と太陽も、この陰陽論の例えによく使われます。


算命学は、「一極二元論(いっきょくにげんろん)」といって、一つの極みには二つの異なる考え方が存在すると説きます。算命学は、善し悪しを問わない学問であり、置かれた場所で捉え方が変わると考えます。
だから、二元の世界に優越もどちらが善い・悪いなどはないのです。

月も太陽もどちらも同じように大切なもの。
でも、どちらかしか見えていないと、どちらかがスゴイと思ってしまう、そうじゃないんですよというお話でした。

見えなくても、存在しているんですよね。

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