わからないことをわからないままに

学校教育にどっぷり浸かっている私たちは、
「わからないことを、そのままにしてはないけない」
「わからなかったら、聞きなさい」

と子どもの頃から、口酸っぱく教えられる。

それを当たり前のように、当たり前に、そういうものだと信じている。

本当にそうだろうか?

私は子どもの頃から、
良い物を見なさい、
良い物を食べなさい、
本物を経験しなさい、
という祖父の教えで沢山の経験をさせてもらったのだけれど、
その中でも、美術館で有名な画家の絵画を見せてもらったり、
高級料亭で懐石料理を食べさせてもらっても、
その当時は、全く良さがわからず。

けれど、いつしかその時、経験した時、その場で全てをわからないといけない
そんな風に思っている自分がいることに気付いて、
「わからなくても、いい」
という発想がダメだ
という、そんな風に考えていた。

けれど、算命学という学問に出会って、
7年間で師範までの学びを終えるのだが(その先もずっと学びは続く)
急いで学んではいけない、と教わる。

学んだ最初の頃は、楽しくて楽しくて、ずっと学び続けたい!
と学びを急いだこともある。
すると、どうしたことか、頭がクラクラするのだ。
人の運命をみる、そういう学問だからこそ、急ぐべきではない、
だから先人達は「学びを急いではならない」と伝え続けてきたのだろう。

本を読んで、それをすぐに理解できないといけない、
そんな焦りというのは、受験を生き抜くための処世術で、
本質的な物の見方や、学びというのは、そういうことではない。

わからないことを、わからないままにしておいて、
いつか、そのわからないことに、自分が追いつくことが沢山ある。

そして、最近はアンチエイジングなんて言葉が当たり前になっているけれど、
自分の感覚や感性を、年相応に積み重ねていって、
歳を重ねたときに、しっとりと良いものを感じられるような品のある人でいたい。

そんな風に感じた今日。